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TOP > 今日はなんの日? [11月]
1年365日には有名な祝日だけではなく、いろいろな記念日があるのをご存知ですか?過去に起きた歴史的出来事や、著名人の誕生日などもチェックしてみましょう!
[11月1日] ラジオ体操 1928年午前7時、ラジオ体操が初めて放送されました。逓信省簡易保険局が昭和天皇ご即位の大礼を記念し、「国民健康保険体操」という名称で制定され、NHKの電波で放送が開始されました。
[11月2日] マリー・アントワネット誕生 1755年、オーストラリア・ハプスブルク家の女帝マリア・テレジアの第9子としてマリア・アントーニア(フランス名マリー・アントワネット)誕生。隣国プロイセンに対抗するため、政略結婚として14歳でフランスに嫁ぐことになります。
[11月3日] 湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞 1949年、湯川秀樹京都大学教授に対するノーベル物理学賞の授与が発表されました。授与理由となった中間子理論にとどまらず、その後も様々な革新的理論を発表するとともに、反核運動・平和運動においても重要な役割を果たしました。
[11月4日] ユネスコ発足 1946年、ユネスコ憲章が発効し、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が発足。憲章前文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」とあるように、教育や文化の振興から戦争の悲劇を繰り返さないことを理念としています。
[11月5日] 2kmの行列 1972年、東京・上野動物公園でパンダのランラン、カンカンが一般初公開される。日中国交回復を記念して贈られたため、空港からパトカーが先導するなど国賓級の扱いでした。パンダを見る観客の列は2kmに及びました。
[11月6日] リンカーン大統領 1860年、アメリカ共和党のリンカーンが第16代アメリカ合衆国大統領に選出されました。共和党員としては初の大統領であったため、南部諸州は連邦からの脱退を明らかにするなど国内の緊張は高まり、やがて南北戦争へとつながっていきました。
[11月7日] 国会議事堂落成 1936年、帝国議会新議事堂(後の国会議事堂)が落成。1906年の意匠公募以来、1923年の関東大震災や火事による仮議事堂の消失など数多くのの苦労がありました。資材のほとんど全てを国産に頼る国家事業として、総工費は現在での数千億円にのぼりました。
[11月8日] 宗谷出航 1956年、国際地球観測年に伴い日本も南極観測を行うこととなり、この日初代南極観測船「宗谷」が南極に向けて出向しました。この2年後、悪天候のため南極での越冬を断念した越冬隊が樺太犬15頭を無人の昭和基地に置き去りにした苦悩を描いたのが映画『南極物語』です。
[11月9日] ベルリンの壁崩壊 1989年、東ドイツが「海外旅行自由化法」を交付・施行しました。このとき壁に押しかけた東西ベルリン市民により、冷戦の象徴として東西を分断し続けたベルリンの壁が破壊されました。1961年8月13日、東ドイツによる有刺鉄線のベルリン封鎖以来28年ぶりのことであった。
[11月10日] 日本発の電動式エレベーター 1890年、日本における高層建築の先駆けとして東京・浅草に十二階建てのビル「凌雲閣」が開業。1〜8階までは日本初の電動式エレベーターが設置されるなど注目を集め、浅草十二階の名前で親しまれました。当時の入場料は大人8銭、子ども4銭でした。
[11月11日] 第1次世界停戦終結 1918年、ドイツの休戦協定署名により第一次世界大戦が終結。1914年の開戦以来、毒ガスや数多くの大量破壊兵器が初めて使用された戦争となり、死傷者は3000万人以上を超え悲惨を極めました。また、この戦後処理の失敗が、第二次世界大戦の原因となりました。
[11月12日] 日本植物学の父 1888年.当時26歳であった牧野富太郎により『日本植物志図篇』が自費で刊行されました。生涯にかけて50万点に及ぶ標本や観察記録を残すなど、近代植物分類学に与えた功績は大きく、「日本の植物学の父」と言われています。
[11月13日] ヤンバルクイナ 1981年、沖縄本島で発見された新種の鳥がヤンバルクイナと命名されました。翼が退化して飛べないなどの生態が注目を集め、翌年には天然記念物に指定されました。生息地の伐採や交通事故により、生息数は年々減少していると考えられています。
[11月14日] 光の画家モネ誕生 1840年、フランス・パリにクロード・モネが誕生。印象派を代表する画家で、同じモチーフを異なる時間・光線の元で描く画法から「光の画家」と呼ばれています。1926年に生涯を終えるまで『睡蓮』『ルーアン大聖堂』など数々の作品を残しました。
[11月15日] 七五三 七五三。かつての旧暦十五日は何事にも吉とされ、また旧暦の十一月は収穫の実りを神に感謝する月であったことから、その月の満月の日である十五日に、氏神への感謝をこめて子どもの成長と加護を祈るようになりました。
[11月16日] 日本初の官立幼稚園 1876年、日本初の官立幼稚園として、東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)の構内に附属幼稚園が開園。その後、関東大震災による園舎消失なども仮保育所を設け乗り切りましたが、太平洋戦争激化のため1945年閉園を余儀なくされました。
[11月17日] アインシュタイン来日 1922年、物理学者アルベルト・アインシュタインが神戸港に上陸、来日。前年にノーベル物理学賞を受賞しており、同年12月29日に日本を経つまでの間、全国各地で講演を行いました。
[11月18日] 日本初のオリンピック選考会 1911年、日本初のオリンピック国内選考予選会が羽田競技場にて開催。短距離で優勝した三島弥彦と、マラソンで世界記録を作って優勝した金栗四三が代表選手に選出され、翌年の第5回ストックホルム大会に出場しました。
[11月19日] 緑のおばさん 1959年、東京都において学童擁護員(通称緑のおばさん)の制度がスタート。戦後復興期の飛躍的な経済成長や東京オリンピックの建設工事のための大型トラックの行き来による交通事故の激増(交通戦争)、そして戦争未亡人の雇用対策でした。
[11月20日] コアラブーム 1984年、東京・多摩動物公園にてコアラが公開され、コアラブームが起こりました。コアラの平均寿命は10〜15歳とされますが、このときオーストラリア・タロンガ動物園から贈られた「タムタム」は、2005年2月に老衰で死去する22歳まで生きました。
[11月21日] 早慶戦 1903年、三田綱町球状にて野球の第一回早慶戦が開催。早稲田が慶応に挑戦状を送達したことにより行われた試合であるが、結果は11対9で慶応の勝利でした。その後、東京六大学野球連盟が加わり、現在のリーグ戦形式となりました。
[11月22日] ヴァスコ・ダ・ガマ、喜望峰通過 1497年、ポルトガルの探検家ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ南端の喜望峰を通過。翌年5月にインド南西のカリカットに到達しました。このインド航路の「発見」によってポルトガル海上帝国の基礎を築くとともに、ヨーロッパ諸国の大航海時代が幕を開きました。
[11月23日] 一葉忌 1896年、樋口一葉死去(享年24歳)。1894年12月から1896年1月は「大つごもり」などの大作が集中して執筆されたことから、奇跡の十四ヶ月と呼ばれます。その命日には一葉ゆかりの地である文京区法真寺で法要が行われており、一葉忌は冬の季語にもなっています。
[11月24日] ダーウィンの『種の起源』 1859年、イギリスのチャールズ・ダーウィンが『種の起源』を出版、進化論を発表。自然選択、生存競争、適者生存などの概念は当時斬新なものであったが、現在の遺伝学などでは否定的な知見も得られています。
[11月25日] 憂国忌 1970年、作家三島由紀夫が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地にて割腹自殺。自ら主催する思想団体「盾の会」のメンバー四名とともに十分間の演説ののち自殺した模様はテレビ中継されました。この日は後に憂国忌と呼ばれるようになりました。
[11月26日] 日本ペンクラブ結成 1935年、国際的文化団体P.E.Nの日本支部として、日本ペンクラブが結成されました。ペンはそれぞれP(Poets)、E(Essayists・Editors)、N(Novelists)を表しています。初代会長は島崎藤村で、第一次世界大戦の反省を生かし、国際的な相互理解と言論の自由の保障を目的としました。
[11月27日] 第1回ノーベル賞授賞式 1895年、ダイナマイトで財を成したアルベルト・ノーベルが記した遺言状に従い、1901年同日ノーベル賞の第一回授賞式が行われました。現在では、授賞式はノーベルの命日である12月10日に行われています。
[11月28日] 鹿鳴館開館 1883年、東京・日比谷に鹿鳴館が開館、皇族ら約1200名を招待して盛大な落成式が行われました。日本が文明国だと示し不平等条約改正の一助とする外交目的がありましたが、煉瓦造り二階建て、バーやビリヤードも設置された豪華な建物には国内の批判も多くありました。
[11月29日] 日本人の第九 1924年、東京音楽学校の演奏でベートーベン交響曲第9番の全楽章が日本人によって初めて上演されました。コンサートミストレスは幸田露伴の妹である安藤幸子、指揮はクローンでした。
[11月30日] 立川基地返還 1977年、戦後アメリカに接収されていた東京・米空軍立川基地が日本国政府に全面返還されました。その広大な跡地は国営昭和記念公園などとして再開発されました。
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